ギャラリー日鉱での展覧会では、オフィスビルに囲まれ、近隣に仕事場を持つ人々が主な鑑賞者である空間で、円形空間(多角形)のガラス面(約135㎡)に蛍光イエローと透明イエローのカッティングシート(高さ1m40cm、長さ約30m)をストライプ状に配した。
人工光である白色の電球形蛍光灯を使用することで発光する蛍光イエローの光源と、自然光を透過する透明イエローの光源とで、光の存在を通して空間、そして内側と外側の関係性を鑑賞者に提示した。
また、会場内部の展示操作として、展示空間の床面中央部に蛍光色の透明アクリル板を正方形に配することで、回廊状にある建築の構造を意識させるように、鑑賞者の移動を誘い、空間や環境を体感することで鑑賞者自身をも取り込むインスタレーション作品を試みた。
1999年
Photo:谷岡康則 Yasunori Tanioka
「部屋の中は、街の外」 和田みつひと
私たちは、環境と分かちようのないつながりを持っています。環境は、均一に分割し記述しうる世界ではありません。私たちにとっての環境とは、私たちが知覚する世界であり、私たちの感覚系によって知覚されるものや出来事から成り立ちます。そして、ここにいる私とあなたにとっての環境は、同じではありません。私にとってあなたは私の環境の一部です。そしてまた、あなたにとって私はあなたの環境の一部であり、環境です。
私たちを取り囲んでいる環境は、重力や熱や音、そして光に満たされています。私たちは、あたかもそのエネルギーの海の中にいるかのように、これらに浸されています。これらのエネルギーで満たされた海のほんのわずかな部分が刺激を構成し私たちに情報を提供します。それは、鼻に入ってくるにおいであり、鼓膜を打つ空気の細かい振動の連続や、眼の瞳孔開閉時に収束される光です。そして、この情報を知覚することは完全に私たちにまかされています。
つねに私たちを取り囲み変化する光。光には目に見える固定した形がありません。この展覧会で私は、光を量として捉え、目には見えない光の形に姿を与えることにより、環境との関係の中にある私たち自身を改めて捉えたいのです。それは、自然光と蛍光灯による人工光、そして黄色い蛍光色。色と光により、観る人をも取り込み、環境を捉え、同時に〈私〉自身をも捉えるのです。
環境との関係において私たちは決して孤独ではありません。なぜなら私たち個々人は、環境につながれた、それぞれの局所的な特異点にすぎないからです。とはいえ、私たちには、この環境の全体を一望のもとに俯瞰できる能力はありません。誰もこの環境の全体像を知りません。したがって、むしろ私たちは決して孤独になれないほどに孤独なのです。
初出:和田みつひと『部屋の外は、街の外』カタログ、
ギャラリー日鉱、1999年